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ふたりぼっち

 向山大学付属高等学校は住宅地にある。学校が先に建てられて、それから家が立ち並んだので結構広い。
近くには向山大学もある。緑豊かな大学だ。
木造校舎の3階建て、3階から1年生、2階に2年生、1階に3年生の教室がある。運動場は野球部、サッカー部、ラグビー部、陸上部が使ってやっと一杯になる位でとても広い。正門から右側に校舎があって正面の運動場をわたると体育館がある。その校舎と体育館も渡り廊下で繋がっているので、雨には濡れずに体育館にいける。食堂は体育館の裏にある。ここの食堂、実はかなり味がいいと評判、中でも中華定食が男子に人気だった。ご飯とラーメンと餃子、ご飯は大盛りも頼めるし、値段も450円と安い。生憎、女子には不人気であったが、昼までには無くなっていた。なぜなら運動部の奴らが朝練の後に頼んでしまうからだ。
校舎にはいるとすぐに下足箱、その正面にトイレがある。右側の正面の左側に2階に上がる階段になっている。しかしその階段所々しなって、ギシギシと鳴るのが怖い。
左側に向かうと職員用の下足箱があってそれを抜けると職員室、進行方向の右側にまた同じような階段があって左側に3年生の教室がある。手前から1組で8組まである。
右側には理科室とパソコン室がある。
彼、磯村 俊平は1階の5組の教室の窓際の一番後ろの席に座っていた。
黒板には一時間前まで行われていた6時間目の英語の授業の内容がまだ消されていない。右側には7月6日金曜日、日直岡部、森下と書かれていた。
放課後の教室で彼は本を読んでいた。明日が休みと言うのもあっただろう。
彼の読んでいる本は『クライシス・ベイビー』この本は今年この国で大ヒットした本で、100万部売れたとらしい、外国にも翻訳されていて期待の新人『アヤ』氏として非常に有名である。もうすぐ第2巻もでるとの事でもっぱらの評判だった。
磯村は真面目な男だった。性格も大人しく、見た目も誰を引きつける訳でもなく、誰か女性と付き合う訳でもなく、普通に平凡に暮らしていた。目立たないだけで友達もいるし、話しもそれなりに話題を持っているし、嫌われているという事もあまり無い。
髪型も特にお洒落している事もなくて、寝癖を直す程度、それでも人が見て不快にならない様には注意している。
背は179cmあるので高い。
磯村が本を読んでいる教室を一人の女の子がちらっと後ろのドアから磯村を見ながら通った。
彼女は森 渚という。彼女はとても美人だった。性格も社交的で楽しいが、時々不思議な発言をしたりもする。この3年間で学年問わず色々な人から告白もされた。全て断ったらしいが…。
所属するクラブはバレー部。ポジションはセッター。弱小部で、練習も適当。顧問の先生もほとんど来ない。部員たちのモットーは「楽しくしよう、負けても楽しく」であった。これではさすがに勝てない。3年生はもう引退時なので練習も自由参加だった。
所属するバレー部の為に髪は短く切っていた。背も168cmと女子にしては高い方だった。
彼女は青のハーフパンツに白いティシャツを着ていた。
そんな彼女が前側の少し開いていたドアを自分の肩が入る程度まで開けて、言った。
「ねぇ、俊君、なにしてるの?」
親しげに話しかける。
その声に驚いて、磯村は声の主の方を見た。
「あぁ、なぎちゃん、久し振り」
森は教室の中に入ってきた。そして磯村の前のイスに腰掛けた。
「ねぇ何読んでるの?」
「これ、これは『クライシス・ベイビー』知ってる?」
そういって、本のカバーを外して見せた。
2人はとても親しげであったが、磯村はなんだか照れ臭そうだった。
「知らない…わたし本読まないから…ヤバイ??」
「うん、けっこう…でも人には好みがあるから…あっ、今何してるの?」
「クラブの途中だけど抜けてきた」
「いいの?」
「うん、疲れたから」
だんだんと話す事がなくなっていく。
この2人は家も近所で幼馴染だった。昔は2人でよく遊んだのだが、小学、中学、高校と進んでいる内にだんだんと気まずさが残って姿を見てもそのまま素通りしてしまって、なんだかギクシャクとしていた。だからこうして話すことも去年の夏以来一年ぶりだった。
「帰らないの?」
森が聞いた。
「なんだか帰りそびれて、なんとなく学校にいるんだけどさ」
森は首を傾げた。
「なんとなくって、帰ればいいじゃんか」
「うん、そうなんだけどさ、でもなぎちゃんはどうするの?」
「もう帰ろうかなって思って、でも家に帰っても誰もいないしさ、両親昨日から旅行に行ってるし、私を置いて」
ここは笑いどころだったみたいで、森の方は少しにやけたが、磯村は笑わなかった。というより笑ってもいいのか分らなかった。
「そうなんだ」
「うん、久し振りに家に来る?」
「えっ、えあっ」
いきなりの言葉にドギマギしてしまう。
「冗談よ☆ それよりさぁ屋上行かない? 久し振りに2人で」
「あっ、いいよ」
「それじゃあちょっと待ってて、私、着替えて来るから、待っててよ! 絶対!!」
そして森は一旦自分の部室に戻って着替えを済まし、カバンを持ってきた。
教室の前のドアから磯村を呼ぶ。
「ゴメン、それじゃあ行きましょう!」
着替えを終えた森はセーラー服に着替えていた。
その間、磯村もカバンに本を入れて待っていた。森の合図で立ち上がり2人は並んで屋上の方へと上り始めた。
時々同級生に見られて驚かれていたが、森は平気そうだったが、磯村の方はなんだか照れ臭そうで、ソワソワしている。
屋上は周りを2m程のフェンスで囲われていた。
時間もまだ早いので、明るかった。
森はそのままフェンスの所まで歩いていった。磯村も森の後について行った。
「わたしさぁ、屋上好きなんだ」
磯村は歩いている森のスカートが風で揺れるのが、なんとなく色っぽく感じた。
「へぇ、そうなんだ…」
「少し座ろうか」
「えっ、うん」
2人はフェンスを背もたれにして横に並び、膝を立てて座った。
「ひさしぶりだね、こうしてお話するの」
「うん、そうだね」
森は磯村を見ていたが、磯村は真っ直ぐ正面を見ていた。
「そういえばさぁ、小学生の時、野外学習でキャンプしようとしてて、その日に雨が降って校舎でお泊りしたの覚えてる?」
「まぁね」
「あの時ってなんだか学校に泊まる事が凄くて楽しかったよねぇ」
「うん、結構ね…違うクラスだったけどさ」
2人は座り込んで昔の話をしていた。幼稚園に行っていた頃の事や、自分たちの両親の事。そのお話は楽しくて、思い出しては笑っていた。時々、森の携帯にメールが入るらしく、その返事を打っている事もあったが…。
時間は過ぎて、外はすっかり暗くなった。お腹も空いてきた。
「今何時?」
磯村は森に聞いた。
「えっ、8時だよ」
「もう遅いなぁ…、お腹も空いたし、帰ろうか?」
「そうだ!! このまま学校にお泊りしない? こんな事今日しか出来ないよ! それからもう少し待ってコンビニに買い物に行って、朝に帰る、どう?」
森の目はランランと輝いている。時々森はこういう発言をしては周囲を巻き込むが、それが森の良い所でも悪い所でもある。
磯村自身はあまり乗り気でも無かったが、そういう事も確かに思い出の1つかも知れないのでとりあえず、頷いた。そして森から携帯電話を借りて、親には友達の家に泊まると言った。学校に泊まると言っても許してくれる訳が無い。
9時ごろ2人は学校を出て、歩いて10分程のコンビニにお弁当を買いに行った。そしてまた屋上に戻った。お弁当を食べ終わるともう10時になっていた。
「ねぇ、俊君って好きな子いるの?」
「いや、いないよ、なぎちゃんは?」
この屋上にいて初めて2人は目を合わせて話をした。
「私もいないよ」
「でも、もててるじゃん、よく聞くよ、告白されたりするでしょ?」
「そこまで知ってるのか…じゃあ時々ね全部断ったけどさ」
「どうして? 中にはカッコいい奴もいるだろ?」
「そりゃそうだけどねぇ、こんな事自分でいう事じゃないけど、話もしたこと無い人に好きですなんていわれても、どうしたらいいのか分からないし…どこを見て好きになったのって感じ…それに好きな子いないって言ったけど、気になる子ならいるしね…」
「そうなんだ? 誰?」
「秘密」
それから何時間か時々会話を交わすものの2人は黙っていた。
磯村は空を眺めていた。今日はとても天気のいい空だった。星が幾つもでて、幻想的な空だった。
2人は他愛も無い話を繰り返していた。時間も12時30分になっていた。それにしても夜の学校というのはなんとなく怖い。普段人が沢山いる所に、恐らく2人の学校は静かで怖いものがある。
「なぁ、もう12時過ぎてるよなぁ??」
「うん、もう12時半」
「そっか、じゃあお祭りだな」
「えっどうして??」
星明りの下で不思議そうに、磯村を見つめる森。
「だって今日は七夕だろ? 織姫と彦星は今日に出会ってるって訳だ、あそこ見てみろよ、天の川だろ??」
満点の星空に向かって指をさす。
「うん、あれだよね…綺麗…」
「あぁ、綺麗だな…」
2人はそのまま夜が明けるまで色々な事を考えながら過ごした。
おそらく2人の考えていた事は同じだったのだろう…。
「さぁ、そろそろ帰ろうか」
磯村が少し明るくなった空に立ち上がりながら言った。
「うん、そうだね」
森もその場から立ち上がった。
そのまま2人は並んで下駄箱に向かって外に出た。並んで歩く姿は昨日よりも少し距離が縮まった気がする。そして校門をでて、いつもの帰り道を歩きだそうとした時森は言った。
「ねぇ、まだ電車は動いてないし、ちょっと遠回りして帰らない?」
「えっ? いいけどどこに行くの?」
2人は校門の前で立ち止まって話しをしている。
「こっち、大学の方」
大学の方から帰るには銀杏並木を通らなくてはいけない上にかなりの遠道だった。それでも磯村は頷いた。
「よし、じゃあ行こう!」
2人は並んで銀杏並木を歩いた。夏本番に向けて、銀杏たちが元気に芽吹いている。
並んで歩きながら磯村は森に言った。
「なぁ…おれたちさぁ…あっ…やっぱいいや…」
なにか言おうとしたが、やめておいた。この銀杏並木を通り終えたら言おうと思った。
「何?? なんなのよ??」
笑顔になって森は言った。
「いや、いいや、この銀杏並木が終わったらいう事にするからさ…」
「なにそれ?? でもまぁいいや、楽しみにしとくね☆」
今度は森が後ろ歩きをして磯村の正面に立って言った。
「ねぇ、わたしたちって、結構お似合いだと思わない?? どう、私たち付き合おうよ☆」
今度は少し赤い顔をして言った。
磯村は小声でぼそっと言った。
「先に言うなよ…」
「えっ何?? 何ていったの?」
「じゃあ俺たちは恋人だな??」
「うん、よろしくね」
2人は顔を見合わせて笑った。
今度は銀杏たちが笑うように風に揺られていた。

The present got from Sencyou.

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